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東京地方裁判所 昭和54年(むイ)1242号 決定 1980年1月11日

申立人

株式会社三一書房

右代表者取締役

竹村一

申立人(被疑者)

竹村一

右申立人両名代理人

田口康雅

今村俊一

右竹村一に対するわいせつ文書図画販売被疑事件について、裁判官がした差押許可の裁判及び司法警察員がした差押処分に対し、右申立人両名代理人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一申立の趣旨及び理由について

申立人らはいずれも、まず、東京簡易裁判所裁判官が昭和五四年一二月一七日申立人竹村に対するわいせつ文書図画販売被疑事件についてした差押許可の裁判(但し、後記差押処分の根拠となつたもの。)は、これを取消す旨の裁判を求め、さらに予備的に、司法警察員が右許可の裁判に基き同月一八日東京都千代田区神田駿河台二丁目九番地申立人三一書房の事務所においてした別紙目録二記載の物件に対する差押処分は、これを取消す旨の裁判を求め、その理由として、おおよそ次のように主張する。すなわち、(一) 被疑者とされる申立人竹村は本件におけると同一内容の単行本「愛のコリーダ」を販売したこと等について、昭和五四年一〇月一九日東京地方裁判所において、右単行本がわいせつ性を有さないとして無罪の判決を受けており、その判決内容からして、本件単行本にもわいせつ性のないことが明らかであるし、仮にそうでないとしても、申立人竹村は右判決により本件単行本がわいせつ文書図画に当らないと確信するに至つて、これを出版し、その確信は相当な理由に基くものであるから、同申立人には犯意がなく、その行為は犯罪を構成しないというべきであり、したがつて、本件差押許可の裁判及びこれに基く差押処分は、犯罪の嫌疑がないのになされた違法なものである、(二) 刑事訴訟法三四三条ないし三四五条の規定に照らすと、ある文書図画についていつたんそのわいせつ性を否定する判決があつた場合には、それがまだ確定に至らないものであつても、以後同一内容の物についての犯罪の捜査は、これをさし控えるべきであるとするのが法の趣旨と解され、さらに、そのような捜査を許せば、出版活動の自由が妨害されて、憲法二一条違反の事態が生ずることなどからすると、司法警察員が前記無罪判決を無視して差押許可状の請求をしたのは、捜査権の濫用として違法であり、その請求を受けてなされた本件差押許可の裁判及びこれに基く本件差押処分はいずれも違法というべきである、(三) 本件差押許可の裁判は本件単行本等について差押えるべき物の数量を限定しないでなされているが、このような差押許可の裁判が許されるときは、差押が憲法二一条に禁止された検閲あるいはかつての発禁処分と同一の不当な効果をもたらすこととなるので、本件差押許可の裁判は差押の必要性の範囲を逸脱した違法なものである、というのである。

二主位的申立について

関係記録に照らすと、東京簡易裁判所裁判官は警視庁防犯部保安第一課所属の司法警察員からの請求を受けて、昭和五四年一二月一七日、申立人竹村に対するわいせつ文書図画販売被疑事件につき、差押えるべき物及び捜索すべき場所を別紙一記載のとおりとする捜索差押許可状(以下本件許可状という。)を発布したことが明らかである。しかし同時に、同司法警察員は本件許可状に依拠して、同月一八日申立人三一書房の事務所内を捜索したうえ、別紙二記載の各物件を差押え(以下本件差押処分という。)、これにより本件許可状に基く差押処分は終了していると認められるので、本件差押処分の当否を問題とするのはともかく、本件許可状による差押許可の裁判そのものの取消を求める利益は、申立人らのいずれについてもすでに失われていると解される。申立人らの各主位的申立は不適法というほかない。

三予備的申立について

(1)  まず、記録によると、別紙二記載の被差押物件はいずれも申立人三一書房の事務所内で差押えられ、かつ同申立人の所有に属するものと認められるにとどまるので、申立人三一書房において本件差押処分の取消を求めて争うことができることに疑問がないにしても、単なる被疑者にすぎない申立人竹村には本件差押処分の取消を求める利益はなく、その申立は不適法であると考えられる。

(2)  そこで、以下においては申立人三一書房の申立の関係について検討を加える(もつとも、仮りに申立人竹村にも本件差押処分の取消を求める利益があるとすれば、同申立人の関係でも同様となる。)。

本件差押処分の理由となつた被疑事実は別紙三のとおりであつて、申立人竹村がわいせつ性のある単行本「愛のコリーダ」第一版第四刷ないし第七刷(大島渚著、申立人三一書房発行、以下本件単行本ともいう。)を他に販売したとするものであるところ、申立人竹村は先に同単行本第一版第一刷ないし第三刷の販売をめぐつて警視庁防犯部保安第一課に摘発され、他一名とともにわいせつ文書図画販売及び同販売目的所持の罪により、昭和五二年八月一五日東京地方裁判所に公訴を提起されたが、昭和五四年一〇月一九日同裁判所刑事第一部において、同単行本には刑法によつて処罰の対象とするまでのわいせつ性はないとされて、無罪判決の言渡しを受けたこと、もつとも、この判決に対しては検察官から控訴の申立があつて、同事件はいまだ東京高等裁判所に係属中であること、今回の被疑事件の対象である前記第一版第四刷ないし第七刷は、右判決後の同年一一月二〇日ころから同年一二月二〇日ころまでにかけて順次発売されたものであつて、口絵のカラー写真の配列及び外装部分に若干の相違があるほか、右控訴審係属中の事件の対象であつた前記第一版第一刷ないし第三刷と実質的に同一内容のものであることなどが認められる。

しかしながら、一般にひとたび判決によつて文書等のわいせつ性について否定的判断が示された場合には、それが未確定の第一審判決であつても、ともかくも厳密な公判手続を経たうえでの結論であつてみれば、その趣旨が尊重されるべきことは当然であつて、以後同一内容の文書等を対象とする事犯の捜査は慎重であることを期待されるということができるけれども、このことはもとより事実上のものにすぎず、そうした判決中に示された文書等のわいせつ性を否定する判断が、当然に同一内容の文書等に対する捜査活動を拘束するとすべき法的根拠は見出しがたい。

右によるときは、本件単行本と実質上同一内容の単行本について、そのわいせつ性を否定する未確定の第一審判決があることは前述のとおりであるが、本件単行本のわいせつ性は右判決に拘束されることなく判定されてよいこととなり、本件単行本の内容からするならば、被疑事実で指摘された個所のうちには相当扇情的手法をもつて男女の性交場面を撮影または描写したと認められるものがあつて、右判決の説示を十分考慮に容れてみても、本件単行本については、少なくとも司法警察員においてわいせつ性があるとの嫌疑を抱いたことを是認できるところのみることが否定できない。

また、わいせつ性の点を除くその余の被疑事実についても、その嫌疑のあることが記録上明らかにうかがうことができる(なお、被疑者である申立人竹村には本件単行本がわいせつな文書図画であることの認識が欠け、かつそれについて相当の理由があるので、同申立人に犯意はなかつたとすべきである旨の主張もあるが、右のようなわいせつ性についての認識のあることが犯意の成立要件であるとは必ずしも解されないのみならず、同申立人が前記無罪判決の言渡しを受けていたことの一事をもつて、同申立人が本件単行本についてわいせつ性の認識を欠いていたとも、その認識の欠如に相当の理由があるともにわかに断じがたい。)。

以上のとおり、本件差押処分の基礎となつた申立人竹村に対する被疑事実については、犯罪の嫌疑を一応肯定できるほか、記録によると、本件差押処分は本件許可状の許容する範囲内で行われていることが明白であるとともに、事案及び被差押物件の内容、性質等に照らし、本件差押処分の必要性もまた肯定することができる。

終りに、本件差押処分が捜査官による権限濫用にあたるとの主張についてみると、警視庁防犯部保安第一課においては、前記無罪判決に対する検察官控訴がなされたのち昭和五四年一一月二一日ころ、新聞記事により本件単行本が発行されようとしていることを認知し、直ちに調査にかかつたところ、すでに第四刷分が東京都内の書店に出回つている事実が判明したうえ、旬日をおかずに第五刷分も発売されたため、東京地方検察庁の意見を聴き、さらには同年一二月六日申立人三一書房の代表取締役である申立人竹村の出頭を得て、前記事件の控訴審係属中における本件単行本出版の自粛を求めたが、同申立人からはかえつて右出版が正当であることを反論されるような有様であり、その後も引続いて同月七日には第六刷分が、同月一三日には第七刷分がそれぞれ書店で販売されている事実も確認されるに及び、控訴審係属中の事件とは別に立件して強制捜査にかかるのもやむなしとの結論に達し、本件許可状等の請求や、本件差押処分の実行に至つたと認められる。

すなわち、捜査官らは本件事犯について、前記無罪判決があつたこともかんがみ、きわめて慎重に捜査を進め、申立人らの側において、右無罪判決を楯にして増刷発行を続けてやむことがなかつたため、ついに本件差押処分等の強制捜査に踏み切つたのであり、こうした事情に加えて、本件事犯の態様、被差押物件の内容等にもよれば、本件差押処分が捜査官の権限濫用にあたるものとは容易に考えることができない。

主張のうちに、刑事訴訟法三四三条ないし三四五条の趣旨を理由にして、本件単行本のようにいつたん判決によつてわいせつ性を否定された文書等と同一内容の文書等については、捜査官は捜査を抑制すべき義務を負つていると解すべきである旨をいうところであるが、採りえない見解といわなければならず、また、本件単行本のような出版物を対象にして捜査を行うことは憲法二一条に違反する旨主張するところもあるが、これは、本件単行本がわいせつ性のあるものであることについて嫌疑のないことを前提とするものであつて、失当である。

そうであれば、結局本件差押処分に違法とすべき点はないというべきである。

四したがつて、申立人の本件各準抗告はいずれも不適法であるか、あるいは理由がないことに帰するので、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により、これを棄却することとする。

(横田安弘 城間盛俊 仲野旭)

別紙一

(差押えるべき物)

(一) 単行本「愛のコリーダ」

但し、

一九七九年一一月二〇日第一版第四刷

一九七九年一一月三〇日第一版第五刷

一九七九年一二月一〇日第一版第六刷

一九七九年一二月二〇日第一版第七刷

発行のもの

(二) 本件発行、販売に関係ある

単行本「愛のコリーダ」の原本、著者との通信文、写真原版、製版ポジ、紙型、校正刷、写植版下、割付紙、販売台張、販売先名簿、納品書控、請求証(書)、領収証(書)、配本伝票、在庫表、発注控、通信文、メモ

(捜索すべき場所)

東京都千代田区神田駿河台二丁目九番地株式会社三一書房事務所、倉庫および付属施設

別紙二

一 校正刷        一三枚

一 右同(刷見本)    一束

(但し「愛のコリーダ」第一版第四刷のもの)

一 右同(刷見本)    一〇枚

別紙三

被疑者は、東京都千代田区神田駿河台二丁目九番地所在出版販売業株式会社三一書房の代表取締役で、同社が発行した愛のコリーダと題する単行本の発行者であるが、

一、一九七九年一一月二〇日付第一版第四刷発行の右単行本の内容で、

(一) 掲載写真中

二枚目裏、三枚目表、三枚目裏、四枚目裏、五枚目裏、七枚目表、七枚目裏、八枚目表、八目裏、九枚目裏、一〇枚目裏、一一枚目表 のカラー写真一二場面

(二) 文章中

二五ページ、二九ページから三一ページ、四五ページから四六ページ、四九ページから五一ページ、五四ページから五八ページ、七〇ページから七二ページ、九七ページから九八ページ、一〇二ページから一〇三ページ、一二三ページから一二四ページ

において、それぞれ男女の性交場面などを露骨に記述描写した写真および文章を掲載したものを、東京都文京区水道二丁目一五番一五号株式会社大阪屋東京支店に対し、

1 昭和五四年一一月一九日右株式会社大阪屋東京支店において、一二五冊を単価一、四二〇円の割、

2 昭和五四年一一月二二日東京都文京区大塚三丁目二〇番地株式会社出版物共同流通センターにおいて、一〇冊を単価一、四二〇円の割、

合計一三五冊を代金計一九一、七〇〇円で販売し、

二、一九七九年一一月三〇日第一版第五刷発行の右単行本の内容で、

(一) 掲載写真中

二枚目裏、四枚目裏、五枚目表、五枚目裏、六枚目表、六枚目裏、七枚目表、七枚目裏、八枚目裏、九枚目裏、一〇枚目裏、一一枚目表 のカラー写真一二場面

(二) 文章中

二五ページ、二九ページから三一ページ、四五ページから四六ページ、四九ページから五一ページ、五四ページから五八ページ、七〇ページから七二ページ、九七ページから九八ページ、一〇二ページから一〇三ページ、一二三ページから一二四ページ

において、それぞれ男女の性交場面などを露骨に記述描写した写真および文章を掲載したものを、昭和五四年一一月二八日東京都文京区水道二丁目一五番一五号株式会社大阪屋東京支店において、右同社に対し一六九冊を単価一、四二〇円の割、代金二三九、九八〇円で販売し、

三、一九七九年一二月一〇日第一版第六刷発行の右単行本の内容で、

(一) 掲載写真中

二枚目裏、四枚目裏、五枚目表、五枚目裏、六枚目表、六枚目裏、七枚目表、七枚目裏、八枚目裏、九枚目裏、一〇枚目裏、一一枚目表 のカラー写真一二場面

(二) 文章中

二五ページ、二九ページから三一ページ、四五ページから四六ページ、四九ページから五一ページ、五四ページから五八ページ、七〇ページから七二ページ、九七ページから九八ページ、一〇二ページから一〇三ページ、一二三ページから一二四ページ

において、それぞれ男女の性交場面などを露骨に記述描写した写真および文章を掲載したものを、東京都文京区大塚三丁目二〇番五号株式会社出版物共同流通センターにおいて、東京都板橋区東坂下一丁目三番一号栗田出版販売株式会社に対し、

1 昭和五四年一二月四日一一一冊を単価一、四二〇円の割、

2 昭和五四年一二月五日五冊を単価一、四二〇円の割、

3 昭和五四年一二月六日二冊を単価一、四二〇円の割、

4 昭和五四年一二月七日二冊を単価一、四二〇円の割、

5 昭和五四年一二月一〇日一冊を単価一四二〇円の割、

合計一二一冊を代金一七一、八二〇円で販売し、

四、一九七九年一二月二〇日第一版第七刷発行の右単行本の内容で、

(一) 掲載写真中

二枚目裏、四枚目裏、五枚目表、五枚目裏、六枚目表、六枚目裏、七枚目表、七枚目裏、八枚目裏、九枚目裏、一〇枚目裏、一一枚目表 のカラー写真一二場面

(二) 文章中

二五ページ、二九ページから三一ページ、四五ページから四六ページ、四九ページから五一ページ、五四ページから五八ページ、七〇ページから七二ページ、九七ページから九八ページ、一〇二ページから一〇三ページ、一二三ページから一二四ページ

において、それぞれ男女性交場面などを露骨に記述描写した写真および文章を掲載したものを、昭和五四年一二月一三日東京都文京区大塚三丁目二〇番五号株式会社出版物共同流通センターにおいて、東京都文京区後楽一丁目四番二五号株式会社日教販に対し一冊を単価一、四二〇円で販売し、

もつてわいせつ文書図画販売をなしたものである。

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